Day3 ゾディアックボートで初上陸(2025年6月13日)
北緯79.46度 気温3.9度
午前中に予定されていたゾディアックボートでの初上陸だが、ありがたくもホッキョクグマ出現が2度も起きて観察にたっぷり時間を費やしたため、午後に変更された。
我々は今、北緯79度、諸島最大のスピッツベルゲン島北岸にあるラウドフィヨルド(Raudfjorden)の内海に浮かんでいる。
目指すは、ボートでの着岸がしやすい浜のあるアリスハムナ(Alicehamna)。
海の状態やホッキョクグマがいないかを偵察するため、探検チームの隊員たちが先発している。
我々もそわそわと出発準備を始め、防水ジャケット・パンツに身を包み、長靴を履き、万が一海に転落してしまっても自動的に膨らむライフジャケットを装着する。
ほどなくして上陸可能のアナウンスが入り、我々もゾディアックボートに乗り換えることになった。

ゾディアックボートとはフランスのZodiac社が開発したエンジン付きの高性能・高耐久なゴムボートのことで、軍の特殊部隊や沿岸警備などにも使用されている。
たとえ一部が破損しても複数の独立した気室があるので浮力を維持できるのだそう。
私が初めて「ゾディアックボート」という言葉を知ったのは、1988年に発表された景山民夫氏の直木賞受賞小説『遠い海から来たCOOクー』を読んだ時だ。
絶滅したはずの海洋古代生物・プレシオサウルスの生き残りと少年の絆を描いた小説で、核実験など社会的テーマも盛り込まれた海洋冒険ファンタジー。
随分古い小説だが、機会があればぜひ読んで欲しい。
小説の中で、ゾディアックボートに乗ったフランス情報局の工作員たちが、少年と暮らしている古代生物の子供を奪うために暗がりから忍び寄り上陸する様子をドキドキしながら読んだ。
あのボートに今から乗り込むのだ!
クルーザーの側面にかかるギャングウェイと呼ばれる長いタラップを降り、待っていたボートの縁に片足を乗せる。
サポートしてくれるクルーが私の手首をしっかり掴み、私も彼の手首を掴み返す。
ブリーフィング時に習った「船乗りの握手」だ!

それにしても、なぜギャングウェイと呼ばれるのだろう。
夜の暗がりで船を襲撃する犯罪組織に使われたことがあったからか?
気になったので調べてみると、ギャングとは貨物の積み降ろしを行う作業員の一団のことで、彼らが使う通路だったからギャングウェイと呼ばれるようになったらしい。
決して海賊でも情報局工作員のことでもない。
無事に乗り込んだボートは非常に安定していて、頼れるアニキといった貫禄と包容力だ。
内海だからか静かで飛沫もかからず、10分ほどで浜に着いた。
ボートは前方だけが陸に乗っかる状態で着岸するため、浅瀬で降りることになる。
長靴必須の理由はこれだったのだ。
目の前に広がった白い雪原に佇むターコイズブルーのラグーンが冒険者たちを迎えてくれた。

我々は見晴らしの良さそうなブルーセヴァルデン(Brucevarden)と呼ばれる丘の頂上を目指す。
気温が低くないせいか、雪はザラザラしており重くて歩きにくい。
ズボッとはまった足をエイッと抜くと、その穴の中は驚くほど綺麗な水色をしている。
雪の結晶は波長の長い赤い光を吸収すると聞いたことがあるが、大気中の不純物が少ないから雪の純度が高く赤い光をしっかり吸収するのだろう。
残った青い光が雪穴を染めている。

頂上に近づくにつれ雪は薄くなり岩が顔を出し始めた。
岩肌にはひっそりと苔が生えており、太陽が昇らない極夜が起こる凍った地にも関わらず成長するたくましい生命力に感激してしまう。
写真は、食料が乏しい時期のトナカイにとって重要な食料となるトナカイゴケ。
彼らのツノにも見える白い部分が「トナカイ専用です!」とアピールしているよう。
顔をあげれば、フィヨルドと氷河が織りなす絶景が広がっていた。


頂上には意外にも人工的なものが残されていた。
一世紀以上前の1908年、当時北極圏での活躍で知られていたアザラシ漁船船長エリック・マティラス(Erik Mattilas)が永眠し建てられた墓だった。
墓標には彼の名前が彫られている。
氷の世界に閉ざされたこんなにも冷たく寂しい墓を私は見たことがない。
それでも自分が生き抜いてきた場所を毎日眺められるというのは、本人にとっては幸せなことなのかもしれない。
我々のような観光客が訪れることを彼は楽しんでいるだろうか?
静寂を壊して申し訳ないと思いながら手を合わせた。
我々が上陸している間、探険隊隊員はライフルを肩から下げて、絶えず双眼鏡でホッキョクグマが出没していないかを偵察してくれていた。
ノルウェー政府は、身を守るための使用に限りホッキョクグマを撃つことを認めている。
ブリーフィングで危険回避のため単独行動は避けるようにと言われたが、クマの命のためにもルールを守らなければいけない。
ここは彼らの生活圏で、あくまでも我々はお邪魔させてもらっているだけなのだから。


丘から降りるともう一つ人工的なものが残されていた。
スウェーデン人の伝説の猟師スヴェン・オルセン(Sven Olsen)が1927年に建てた小屋だった。
何が彼をそうさせたのか、スヴェンは高齢と病気で本土に戻るまでの人生のほとんどを、この小屋で自給自足しながら暮らしたという。
ホッキョクギツネやホッキョクグマの罠猟が主なる活動だったというが、文明から遠く離れた、しかも極夜が始まれば4ヶ月も続く暗闇の中で人間が暮らしていたという事実が脅威過ぎる。
小屋の中に入ってみると錆びた薪ストーブが残されていた。
この地に木は生えないため、シベリアから海流に乗って海岸に漂着した流木を集めて使っていたのだそう。
ストーブが料理をしたり濡れた服を乾かしたり、生活するための最重要必需品だったことが想像できる。
現在この小屋はノルウェー政府により文化遺産として指定されている。


過酷な極北の地で生きた男たちに思いを馳せながらクルーザーへと戻った。
まずは長靴の除染だ。
外来種の移動や病原菌の拡散を防止するため、上陸の前後に洗浄と除菌が義務付けられている。
長靴専用のブラシをかけた後、消毒液の入った容器に足を入れて靴底を消毒した。
部屋で一息ついた後、メインラウンジで明日の行程のブリーフィング、そして7時からディナータイムが始まった。
今夜はビュッフェではなくコースディナーで、少し軽めにアスパラガスのサラダ、白身魚のポワレ、デザートにはクレームブリュレをオーダーした。
仲間たちとワインを交わしながら、しょーもないバカ話で盛り上がっていたら、突然頭の中を、雪に覆われた小屋で死と隣り合わせに暮らしていた男のシルエットがよぎっていった。
北極圏といえども、船内というのは暖かく身も心も腹も満たされる甘やかされた安全地帯なのだ。

夕食後、白夜の氷河を楽しもうとデッキに出てみた。
9時だというのにやっぱりフツーに明るい。
明るさが一日中ちっとも変わらないから、「夜になりましたっ!」と自分に言い聞かせないと夜にならないのが「白夜」なのだった。
それにしても氷河の青って、どうしてこうも心を揺さぶってくるのだろう。
太古からの記憶を宿しているような神秘さゆえか、一切の邪を持たぬ清らかさがそうさせるのか、ずっとずっと見ていられる。
暗くもならないしね。
風はなく海は眠っているかのように静かで、鏡となった水面に雪を残した山肌が映っている。
そのリフレクションと水面に漂っている氷のコラボレーションは、夢と現実の境界が曖昧になったような不思議で美しい世界を浮かび上がらせていた。

濃厚な1日が終わろうとしている。
今回の旅は「ホッキョクグマに一頭でもいいから会わせてください」と願いながら出発した。
ありがたいことに乗船2日目にして念願成就。
写真にも収めることができた。
天の計らいに感謝しかない。
目をつぶると瞼の裏に映ったのは、3頭のホッキョクグマの親子がトコトコと雪原を進む姿。
心地よい安堵感に包まれながら深い眠りに落ちていった。
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次回の第6話は、氷に寝転がるぶんぶん丸?からの真打登場!の話し。
お楽しみに。
<文・写真> フォトラベラーYori




