Day3 極北の孤高の王者(2025年6月13日)
北緯79.46度 気温3.9度

6時45分、起床のアナウンスが入った。

オルテリウス号での初めての朝だ。

船の揺れはゆりかごのようで、すぐに夢の中へ落ちていったし、朝までぐっすり眠ることができた。

クルーザーの料金は高いほど上層階に部屋がありデッキへの出入り口にも近く便利なのだが、私たち女子組が選んだのは料金が一番控えめな4人部屋のため低層階に位置している。

デッキに出るには4階分の階段を登らなければならないので大変なのだが、揺れに関しては船の重心に近い下層の方が安定しており、振幅が小さいため静かなのが大変良い。

船酔いが心配だったが大丈夫そうだ。

階段の登り降りも、朝昼晩過剰摂取予定カロリーを燃焼させる足しになるかもしれない。願わくば。

北極圏_スヴァールバル_海氷と氷河

朝食が終わると、本日の行動予定のブリーフィングが始まった。

まずはスタッフの紹介。

探検隊長クラウディオはイタリア出身で地球環境極地科学の博士号を持つ海洋生態学者。

彼の率いる探検チームは皆、海洋哺乳類、鳥類、地質学、自然写真などのスペシャリストというから頼もしい。

質問には何でも答えてくれそうだ。

昨日、ロングイェールビーンの町へ移動するバスの中でスヴァールバル諸島のことを楽しく紹介してくれたガイドさんもいる。

え、あらやだ、彼って医療ケア担当の船医さんじゃない!失礼しましたっ!

オランダ人のヘルト・ヤン医師は経験を積んだ救急医療専門医。

彼の存在は非常に頼もしいが、お世話になることがないよう努めたい。

今日は天候も海の状態も安定しているので、ゾディアックボートで上陸できるとのこと。

クルーザーからボートに乗り換える時の注意点などの説明が始まった。

が、急遽中断。

ホッキョクグマが現れたのだ!

機材を担いで急ぎデッキへ出ると、薄っすらともやのかかる中を青い氷河が押し寄せてくる景色に変わっていた。

我々は今、雪化粧したフィヨルドの中に浮かんでいる。

皆がカメラを向けている方向を注意深く探すのだが、初めてのホッキョクグマにワクワクし過ぎて気持ちが定まらない。

どこどこ?

遠いし焦るし全く見つけられない。

気を取り直しゆっくり大きく息を吸うと、鼻腔を通り体内に入った冷たい空気が心を落ち着かせてくれた。

……あ、あそこだっ!

スヴァールバル諸島_氷河とホッキョクグマ

巨大な氷河の壁の前を、1頭のホッキョクグマが黙々と歩いている。

人間ならひとたまりも無い圧倒的な堅氷の世界で生きる力強い命。

彼らは食物連鎖の頂点にいるため人間以外の天敵はおらず、単独行動を好む。

「極北の孤高の王者」という言葉が頭に浮かんできた。

ホッキョクグマがいることで氷河の壮大なスケール感も伝わってくる。

土も木もない氷だけの無機質な世界。

そこに体温を発する生命の営みがあるということの尊さを再認識する

孤高の王者の姿が氷の陰に消えていった。

我々は船内へ戻り、中断したゾディアックボートに乗り込む際の安全対策の説明が再開された。

防水のジャケットとパンツ、長靴、救命胴衣を身につけること。

タラップはちゃんと手すりを持って降りること。

ボートに乗る時はサポートしてくれるクルーとしっかりSailor’s handshake「船乗りの握手」をすること。

え、ご挨拶?

と思いきや、挨拶でも親愛のしるしの握手でもなかった。

揺れるボートの乗り降りを安全に行うための船乗り独特な握手で、手のひらだと外れやすいため両者が手首を掴み合うという方法だそう。

と、説明が進み始めたが、またもや嬉しい緊急事態発生で中断、急ぎデッキへ。

今度はホッキョクグマの母親と2頭の子グマが現れたのだ!

初クマ遭遇からまだ1時間も経っていない。

雪の斜面と海に挟まれた岩でゴロゴロした水辺を3頭が歩いているのが確認できる。

悠々と進む母を一生懸命に追いかける子グマたち。

彼らは前年の1月に生まれ、3月か4月頃に巣穴から出てきたと思われる2歳に満たないやんちゃなお年頃。

どこへ向かっているのかトコトコ歩き続ける彼らを見失わないよう望遠レンズ越しに追っていると、ファインダーの中で突然3頭が6頭になった!

黒い水面に白いクマたちの姿が映り込み浮き上がったのだ。

一瞬だけ見せてもらえた奇跡的シーン。

神様も粋な計らいをしてくださる!

ホッキョクグマの親子のリフレクション_square
スヴァールバル諸島_ホッキョクグマ親子_雪浴び

母グマが水辺から雪の斜面へ移動すると、子グマたちは戸惑いがちに足場になる岩の上でもたつく。

「かーちゃん、まってー」と言っているように見えるが、クールなかーちゃんは振り向きもせずどんどん進む。

なんとか雪原に上がった子グマたちだが、雪の上は歩きにくそうで、埋もれて遅れをとり急ぎ足になったり、前足が沈んで頭を突っ込んだり、微笑ましくて目が離せない。

クールなかーちゃんは案外と無邪気で、雪の上をお腹丸出しでゴロンと転がる。

それを見た子どもらも、ボクだってできるもん!と転がってみせる。

ホッキョクグマは体温調節のため転がることがあるが、遊びの一環だったりもするそう。

ああ、なんて平和な極北の朝。

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次回の第5話は、ゾディアックボートで初上陸の話。お楽しみに。

<文・写真> フォトラベラーYori